2011年2月7日月曜日

フローレス→D.F

前日、朝4:30に頼んだモーニングコール・・・・

「ドンッ、ドンッ」
目が覚める。昨日頼んだモーニングコールだ。
「はーい、ありがとう」
「ドンッ、ドンッ」
ノックがやまない。
顔を出すと衝撃の事実が!

「もう5時だよ。僕の時計が壊れてて・・・
「は?へぇ?なに言ってるのこいつ?」

俺のバスの出発時刻は5時。
そして起床したのは5時。

・・・・・間にあわねぇーーー

昨日のうちに完璧に荷造りを終えてたショッピングバックを抱え、ツアー会社まで走る。

そして到着。
もちろん、まだ出発してなかった。
日本やドイツでもあるまいし、時間ちょうどに出発することはまずありえないんだけど、それでもあせるよね。

結局、5:30くらいにバスが来て、やっと出発。
あの急いだ時間はなんだったんだ・・・・
間に合ったからなんでもイイカ。

フローレス→パレンケ間の国境は川を渡る時、アクティビティみたいで面白いと言われている。
だからちょっと楽しみにしてたのに・・・・

アマゾンと変わんねぇし、しかもスケールダウンしてるーー

ってことで写真は一枚も撮らず、やる気が出ず。
今回も写真はなしです。許してください、お父さん、お母さん。

国境越えは小学校や、中学校、いや、自分の家に入るんでもいいだけど、そんな感じにすんなり行った。(←伊坂さんの冬眠のガールってヤツからパクリ)

パレンケに到着したのは14:00.
全くもって中途半端な時間だった。
そこからサンクリに出て、D.Fに戻ったほうが安いんだけど、1日余計にかかる。

サンクリ経由なら400~600ペソ
D.F直通なら850ペソ

どうしようかなぁ・・・・
まぁ

直通で

もう旅も長くしたくないし、そんなに目の色変えて節約しなくてもいいし。
そもそも辛いのを極力避けて、金かけて回ってきたんだから、いいじゃないか。

上記の2つ理由で決断。

ADOっていうメキシコでもすごく有名な会社のバスに乗ってD.Fに向かった。

D.Fに到着し、アミーゴに戻ると管理人のYOSHIさんが、
「おぉ帰ってきたかぁ!失踪したかと思ったぞ!」
と少し心配してくれていた様子。

ありがたいなぁ。

でもその後に
「失踪したら面白かったのにな!!ハッハッハッ!!」
となんともYOSHIさんらしい感じだった。

2011年2月5日土曜日

シェラ→ティカル

ついに!ついに!

シェラ脱出~~~

滞在日数計13日間。
長かったなぁ・・・・長かった。

みんなに別れを告げ、(というか、告げてもらって)

14:30のシェラ発、グアテマラシティ行きのバスに乗車。

のはずがー

まさかの15:30発。まさかの1時間の自由時間。
自由時間ってありがたいものだけど、いきなりもらうと混乱するもの。

しかし!
ここでめげてはダメだ!ということで、昼飯へ。
もはや俺の中ではシェラ名物の

メキシカントルタ

メキシカントルタとか言ってるけど、メキシコで見たことねーぞって形のトルタ。
これ、結構うまいし、日本でもいけそう。売れそう。試してみよう!

昼飯を食べ終わったら、すぐにバスの時間に。
バスに乗車すると、朝早く起きた反動により、爆死。じゃなくて爆睡
1時間半も起きなかった・・・まぁ疲れてたんでしょう。

グアテマラシティに着いたときにはもう辺りは暗くなってた。
グアテマラでも治安がよくないと有名な町で暗くなってから出歩くことは意味がない。
よって。

バスターミナルで仮眠。

そんなもんだよ、旅なんて。

さらにティカル遺跡の最寄の町、フローレスへのバスを待つ。
これもすんなり出発。
あ~~っという間にフローレス到着ですね。

バスを降りると、橋から日の出がめっちゃくちゃキレイ。
朝日ってこんなにきれいだったけぇ~
すばらしい朝日。
ちょッと感動。
そして、ランニングしてる白人が多数。
まさに保養地って感じだった。

安宿の集まる、ミラフローレスに移動。
宿はすぐに見つかった。
バス、トイレつきで70Q。高いけど・・・まぁいっか。

旅行会社に行くと、
「ティカル遺跡送迎 65Q フローレス→パレンケシャトルが360Q」
「でーートータル300Q」

う~~ん。バッチリだな。コイツ知ってるな!

ってことで即決。
高いか安いかはアナタ次第。
他のブログとか見て見れ。

ってことであっという間にティカルに移動。

ちなみにティカルってのはティカル遺跡のこと。
簡単に箇条書きで説明すると

  • 世界に20数個しかない複合遺産の一つ
  • 中米で繁栄してたマヤ文明の遺跡の代表格
  • ジャングルの中に遺跡がある。
の3点。
もっと知りたい方はこちら→wikipedia ティカル遺跡

ガイドはなしのはずだったが、最初の1時間だけガイドが付いてくれた。

ここティカル遺跡は本当にジャングルの中にある。
大きな道だけ辿って行っても十分楽しんだけど、ガイドがいると森の中の抜け道とか通ったり猿とか鳥とか見れたり、結構面白い。
もちろん説明も。
今回マヤについて新しく知ったこともあった。
こっちも箇条書きで披露
  • 2012年12月22日に世界が滅ぶのではなくて、新しい世界が始まるだけ
  • マヤには5つの時代があって一つあたり5200年。今は5つ目の水の時代。次は0に戻り最初の”女性の時代”になる。
  • その時代の順番は、「女性」、「なんだか忘れた」、「空気」、「火」、「水」の順番。
  • マヤの暦では12月21日が大晦日。
  • ティカル遺跡周辺の土はいいから100年くらいでジャングルができあがる。
これくらい。
英語で聞いたから正確ではないかもしれないけど、俺はこういう風に受け取った。

ガイドが終ったあとは、自由行動。
もちろん俺は、ティカルで一番大きい4号神殿へ。
遠くに遺跡が見える!

登るのが意外にキツクない。もっと大変だと思ったのに。

上からの風景は一面のジャングルだった。
しかし、ポツポツとティカルの遺跡の高い建物がジャングルから頭を出してる。

う~~ん。壮大。

人間の力の大きさと、それをはるかに上回る自然の力。

あ、こんなこと前も書いたな。
そうだ、マチュピチュの時だ。あれも複合遺産。
複合遺産ってすごいなぁ。

人間の力と、自然の力を教えてくれる。

ティカルを思いっきり堪能し、フローレスの街へ帰還。
ここには「すいか」という日本料理店があるということで行ってみたが、閉まってた。
あれはシエスタとかじゃなくて、閉まってる。

結局夜ご飯はバーガーキングで済ませて就寝。。。
明日は5時発だ!

2011年2月1日火曜日

チチカステナンゴ

いまだにシェラ滞在中。
はい。10日目ですね。
見事に、年末ぶりの沈没。

先週の日曜日は宿泊者総勢10名でチチカステナンゴに遠征。

ちなみに、チチカステナンゴってのはちょっと遠い街なんだけど、日曜市が有名。

朝7時過ぎにシェラを出発し、10時過ぎには到着。

近い!

いや、そうでもない。

バスが到着して、降りたらすぐに市場。
色とりどりの布(?)がたくさん!
インディヘナですね。はい。

最初に集合場所を決め、みんな散り散りに。

俺とKさんが最初に向かった先は・・・

もちろんご飯ですね。
まぁ、いつもの食堂街みたいなところを歩き、同じものしかないのを確認し

鳥。

これが意外にうまい!
ほっぺは到底落ちないくらいうまい。

お腹一杯になった一向は。

広場で休憩!

ついでについてきただけの俺は本当に暇だったなぁ。
確かに市場の様子が見れたのは良かったんだけど、それにしても人多すぎる。。。

みんなに
「東京出身のお前がなに言ってるんだ!」
と怒られましたが、東京人は基本人ごみ苦手だよ。大晦日の上野とか嫌いだよ。あんなの・・・・

言うのやめときます。

ほとんどの時間を俺は広場での休憩に費やし、シェラに帰還。

まぁ。。。

楽しかったよ。

2011年1月29日土曜日

手紙

タフムルコ登山から早一週間経過。

そして、未だに

シェラ滞在中・・・

いつまでいるのだろう。
というか、明日には出たいなぁ。

このシェラという街。
特に見所は・・・

ない!

まぁそんなもんだよね。
だってサンクリだってそこまで見所なかったし。

そして、今日は日本の友達(住所をもらった人)に手紙を書いた。
全部で22枚・・・・
今まで3ヶ月貯めてたツケですね。

別に義務ってわけでもない。
送らなくても誰にも文句言われない。
ケド
やっぱり住所聞いたからにはみんなに送りたかった。
一応みんなに一回は送ったけど、最後に一斉送信(←メールじゃない)したかった。
餞別をくれた人もいたし、
出国ギリギリで会えなかった人もいる。

なんでここまでサボってたんだろう。

海外から日本に手紙なんてもう出せないかもしれないのに・・・・

ってことで3時間かけて22枚手紙書きました。

明日、一斉送信。
今まで送ったのは全部届いたから、今回も届くといいな

2011年1月25日火曜日

中米最高峰「タフムルコ」part2

ガイドの声で目が覚める。
寝たときより広くなっている感じがしたのは、俺とは反対側にみんなが寄ってたからだった。

テントから出るとめちゃくちゃ寒い。
本当に寒い。
どれくらいかっていうと・・・・

ボードで深雪に突っ込んで出るのが面倒くさくなって10分いたら寒くなってきた

ってくらい。(←わかんねーよ)

寝起き早々、全員持ってきた防寒具でフル装備にし、ご来光のため山頂へ!

キャンプ地から山頂までは高度さはたった200m弱。
しかしここは4000mの高地。
そんな軽がる行くはずもなく、10分ごとに休憩は必至だった。
それに加え、道が悪い!
ここまではトレッキングって感じだったのに、ここからは山登りって感じ。
わかるかなぁ?この違い・・・・

登り始めて20分くらいたって段々東(と思われる方向)が明るくなってきた。

こっちの探検隊も山頂に到着。
先客が3名ほどいたが、まだまだ日の出には時間がある。
ちょっとかっこつけてみた。
みんな思い思いに撮影会開始!
が、
これが寒い寒い。
キャンプ地でも十分寒かったのに、山頂は風まで吹いて寒い寒い。
どれくらい寒いかっていうと
ボードでゲレンデに着いたときに東京と同じ格好でゲレンデに飛び出してみたはいいものの・・・
長い!
ってことで省きます。

ガイドのサウーロくんが気が利いて、こんな高い所までココア(?)を運んできてくれて、あっためてくれた。

マジうれしい。


幸せ。


この一杯で世界がすくえる。(かも)

そしてだんだん明るくなってきて・・・・・
雲海からあがった太陽!「タイヨウ!!」byサウーロ
日の出!!

雲のうえから見る日の出ってすごくきれいなことに気がついた。
てか人生初めて雲海からあがる太陽を見た。
これは・・・・
見たほうがいい。
ちょっと時間作って、グアテマラまでくれば1泊2日で見れるから。
てかアジアでも見れるかも。

別に強制でもなんでもないけどね、
なんだか俺の好きな人にはみんな体験してほしいって思うな。

もうすっかり明るくなるまで山頂で撮影大会をして、下山。
キャンプ地に着くと、サウーロが朝ごはんを作ってくれた。

THE・ホットミルクコーンフレーク

うん。
いいんだよ、その心意気。大好きだよ。

でもさ、

「ミルクが暖かくて、コーンフレークがフニャフニャだし、それに甘過ぎるんだよーーー」

って思ったけど、

「おいしい」

とひとこと。伝えておいた。
無理してるんじゃないよ、これがねガテ風なんだって。
だからしょうがないよね。
でもおいしかったよサウーロ。

馬も到着し、みんなの荷物を預け、本当の下山開始。

のぼりとは打って変わって皆元気。俺も元気。
全然息も切れない。けど足は疲れる。

ポンポンとリズムよく降りていたらいつの間にか登山口に到着してしまった。
あの雲がかかってるところから降りてきた。
1:30で1000mを下山。
なんだか空気がおいしい感じがしたなぁ。

そして、バスを乗り継ぎシェラ到着!

「家に帰るまでが遠足」方式で、無事

「タフムルコトレッキング!」

は終了。
久しぶりのアクティビティだったなぁ。

本当に行って良かった。
行く前は、ボリビアの山と比べて低いなぁとか思ったけど、そんなの全然関係なかった。
やっぱり自然は偉大だったし、厳しかった。
なめてかからなかったのが唯一の救いだったなぁ。

またどっかでアクティビティしよう。

中米最高峰「タフムルコ」part1

え~まだシェラですね。はい。
もう1,2泊で次!とか無理だわ。

あれは3日前中庭的なところで髪の毛をそめていると

「明日タフムルコっていう中米最高峰の山行くけどいく?」

との誘いに二つ返事で参加が決まった。
その日のうちに水やら手袋やら買い出しに行き準備を整えた。
ちなみに、
俺今ショッピングバッグで旅してるので、バックパックはサンクリから一緒のKさんに借りることに。


持ち物一覧
着替え(下着プラスTシャツ)
ズボン下&ズボン 
パーカー 
ウインドブレーカー
バックパック 
懐中電灯 

え?何か?


まぁこんな感じで準備完了!

出発当日は5:30起床。
少し興奮しすぎて2時に起きてしまったのは良いとして(その後ちゃっかり寝た)
本当に
眠い。
朝早ぇよ~~

シェラからその登山口まではバスを乗り継いで2、3時間で到着。

その地点で標高3000mです。
ちなみに頂上は4200mくらいです。

わー富士山より大きいー
とかいっても雪が降らないから全然きつくない。
さらに俺はボリビアで3000m以上の高地に1ヶ月くらいいたから高山病の心配もなし!
ということで自信満々で登頂開始!

出だしは順調。
みんなも順調。
あ、今回は5人の日本人の1人のグアテマラ人ガイドの計6人パーチー。
しかも、馬を一頭雇ったので荷物がすごく少ない!
のぼりなんて自分の荷物は水くらい。
最高だね。うん。

昼食を取ったら少しからだが重くなってきた。
う~ん。どうしたんだろう。。。。

さらに登っていくと明らかに息が苦しい。
そんなはずじゃ、そんなはずじゃなかったのに。

みんなもその辺になると、「ハーハー」言ってる。
最後のほうは10mごとくらいに休憩を挟み、キャンプ地に到着。
そんなに暗くなってなくて、ちょうどよかったよ。

ガイドのサウールは山にまき取りに。
日本人たちは松の木を焚き火ように切り刻んでいました。
サウールが戻ってくるとすぐに火をおこしてくれてこれが暖かいんだ。最高。

で、
日本人たちが暖まってる間に、夜食完成!
ちょっとしたスープと
ちょっとしたパスタ(長いやつじゃなくて丸っこいの)

う~~~ん。
うまい。
山の上だとおいしさ1.5倍。
みんなで食べると1.5倍
足して3倍。←計算間違いは指摘しないで。

あたりが真っ暗になって、空を見てみると・・・

満天の星空!
本当に君の声が響いても良いようなきれいな夜だった。←歌詞引用。

日本でも星見れるのかなぁ・・・・・見たいな。

さぁ、テントで寝るぞー
と思ったら、なんと!3人用のテントに5人で寝ることに。
もうみんなでキツキツ
でもみんないるから寒くない!

最初は本当に狭かったのに、寝てるうちにだんだん広くなってくる。
ラッキーとか思ってたけど、翌朝聞いてみたら逆側の人は、だんだん狭くなってたらしくて、全然練れなかったんだってー
ごめんなさい。

ちょっと長くなったので、続きはまた後で!

2011年1月21日金曜日

どーしようもない再会

現在地 シェラ(グアテマラ共和国)

ん?

ん?

え?

って思った読者さんありがとう。
そうです、俺こんなところに

いるはずないんです。(爆)

ことの発端は、サンパウロからメキシコシティに着いた翌日。
facebookをいじっていると
「今サンクリにいるからきなよ!」
(↑サンクリというのは・・・サンクリストバルラスカサスのこと)
という誘いが。

某三郎さんですね。はい。

迷った挙句
「行く!そして1泊で戻ってくる!」
とほとんどの荷物をアミーゴに置いて出発してかれこれ一週間。

ん?

そうここでおかしくなった。
2ヶ月ぶりにみんなに会うと楽しくて楽しくてもうヤバイ。

ペンソノでも楽しかったけど、こっちも楽しい!
しかも今回はアミーゴから強制連行してきたコンちゃんも加わり、強力メンバーでお送りしちゃったからもう帰れない。

「あー帰らなきゃ、でも帰りたくない」
「なら、帰らなきゃいい。」
「うん。でもモンテレーの約束がある」
「じゃあ伸ばせばいい」
「うん。」

ここで旅延長は決定。

こっからどこに向かうか迷った迷った。
三日三晩迷った。

そしてグアテマラに決定したわけですね。

なんでかっていうと、

一緒に行く人がいたから!

それだけ。
そうだよ、俺の旅なんていつだって人しだい!
そもそもこの旅だって人に会いに来たわけだしねー

ってことで、自分のPCをもってきてないから、更新は不定期ですよー

でもインドの時よりは書くよ、ジュン君。