2010年12月17日金曜日

旅の終焉。(は回避)

どうも。
まず最初に衝撃の事実から。

友達のところから”ベレン”に向かったはずの俺だが。
今現在

サンパウロ

にいる。

友達のところを船で出て、マナウスには3日後の朝に到着した。
時間はまだ6時。
「いや、他の船に行くのも面倒だし、友達の友達の家族も船にいるからこのままいよう。」
と思ったのが間違いだった。

船は他の乗客を降ろし、荷も降ろしたころ。
おもむろに

出港

へぇ?このままこの港にいるんじゃないの?
近くのおばちゃんに聞くと
「大丈夫、3時間で戻ってくるから!」

はぁ安心した・・・・

4時間後・・・まだ荷おろし中。

あーーまだかなと思い船長に尋ねると。。。「あ、今日は戻らないよ」
との回答。

おいーーー
まぁこんなことだろうと思ってたけれど。

1000円もタクシー代払ってもとの場所に戻る。
ベレン行きの船を探すが一向に見つからず、仕方がないのでベレンとマナウスの間のサンタレン行きの船に乗船。

12時出港のはずが、15時出港。
ご飯つきのはずが、全部有料。

この辺から明らかに歯車が狂いはじめてきた。

2日後の夜。サンタレンには無事到着。
ちなみにこの2日間はトータル2食だけ。

サンタレンの港から町の中心までタクシーしかないのでタクシーを拾ってみた。
俺「安い宿知ってる?」
運転手「知ってる。」
俺「じゃあそこ行って」

タクシーで5分もかからないところの宿だった。
とてもキレイとはいえないが、悪くない。値段も1250円と良心的。

外に出てタクシーの運転手に
「ここにするよ」
と言った瞬間。ヤツが豹変。

「10レアルって行ったけれど、ここは町の中心じゃないし、君は安い宿に泊まれたんだから20レアル払え」
とか意味のわからないことを言って来る。

荷物をトランクに人質にとられた俺は10分の押し問答のすえ・・・

切れた。

もうムカついて、向こうの言う20レアルを空中に投げ捨てて、近くの車の後ろを

ボコッ(翌朝見たらしっかりへこんでた)

そして一言

「早く荷物だせッ、コラッ」

空中をヒラヒラ舞うお金を追う運転手を見てるとすごく哀れだった。
乞食の方がまだマシだなって、心から思った。

もうベレンに行く気は全く無くなったので、その先の目的地”サンルイス”に目標を変更。

次の日朝8時にバスがあるということなので、朝早くバスターミナルへ直行。

サンルイスには
サンタレン→マラバ→インペラトリス→サンルイスと行くらしい。
このチケットは通しじゃなくて、個々に買った。

これが間違いだった。

サンタレンからマラバのバスは大幅に遅れ、もちろん次のバスには乗れず。
窓口に文句いいにいくと、全く聞く耳をもたない。
この辺でもう、”サンパウロ”の名前が頭に浮かんできた。

しかし、同じバスで来た親子が、俺のサンルイス行きのチケットを夜の便に変更してくれた。
”そして50レアル払って”
タクシーでインペラトリスまで移動。

途中で親子は下車し、俺一人でインペラトリスに到着。

もちろん窓口まで行って、確認すると
「そのバスは満員だ。君のチケットは明日じゃないか。」

そう。俺のチケットは元々次の日のバスだった。
しかし変更してもらったはずだった。

もちろんブラジル人は俺の話など全く聞かない。
なぜなら俺がポルトガル語を話さないから。
途中で口を挟んでくるヤツも自分の都合が悪くなったら無視。

なんで俺旅してんだろう。
サンルイスになにがあるんだ。

ここでメキシコで一緒だったシゲさんの名言が頭によぎる。
「無理に旅しても辛いだけだからそれなら帰ったほうがいい」

そのときの俺はもう本当に旅するのが嫌だった。

旅の移動は面倒くさいのが常だけれど、いつも次の目的地の好奇心が勝ってたから先に進めた。

しかし、最後の目的地まで行った俺には、先に進む気力はもう無かった。

何も考えず、持っていたチケットは捨て、メキシコへの飛行機のチケットを持っている”サンパウロ”行きのチケットを購入。
そして
乗車。

サンパウロまでは2泊3日。

そして今日到着。

サンパウロに到着したら、すぐにでも空港に行こうと思っていたが、バスを降りてみると
「少し回ってみようかな」
と思えた。

もう終わりだと思っていた旅を続けることができるみたいだ。

0 件のコメント: